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【スタッフブログ PART⑩】

2022.06.03
スタッフブログ

4月から始まりましたスタッフブログも記念すべき第10回目となりました。今回はわたくし、坂口が担当させていただきます。今回のテーマは「幼少期の頃」ということなので、このブログでは中学時代まで書かせていただきます。1979年12月20日に鹿児島県出水市で坂口家の次男(末っ子)で誕生しましたが、生まれて間もなく高熱がでて、出水市の病院では対応できる病院がなく、隣町の水俣市の病院に運ばれました。なんとか一命をとりとめたらしいですが、全く言葉を発しなかったらしく、後々、叔母から産まれた時の話をした時に医師から言われたそうです。「この子は〇〇です」(※この〇〇はこのブログでは出せませんので直接聞いてください。)その言葉を聞いた時に、私は「・・・・」でした。

なので、正直に申しますとあまり幼少時代の記憶がありません。あるとすれば3歳まで言葉を発しなかったため、なぜかトランポリンにのせられた事か、1人でパチンコ屋でうっている父を迎えに行った記憶しかありません。ただ、同じ場所にじっとしていられない性格だった為、よく走りまわっていました。走りまわると必然的に迷子になりアナウンスされ、怒られる事の繰り返しでした。なので特に次女がじっとしていられないので多分私の血を受け継いでいるのだろうと思います。

前述にも書きましたが、走る事ははやかったです。徒競走は1番しかありません。(ちょっと自慢です)持久走大会は小学時代は1番か2番しかありません。(ちょっと自慢です)これは、昔から正月にある箱根駅伝が好きで小学時代からビデオに撮って学校から帰ってきたらひたすら見ていました。憧れがあったんでしょうね。目指せ箱根ランナーということで中学時代は陸上部に入りました。中学時代は、成績はそれなりに出していましたが、長距離を走ると腕がしびれる事があり、その時には原因も分からず・・・結果、中学3年間で陸上を辞めてしましました。一番父・母が残念がっていた気がします。今思えば「もっとこうしておけば」と結果が変わったんだろうなと思う事もありますが、今も時間があれば、陸上競技場でトップ選手の試合を見に行ったり、マラソンを見に行ったりで観戦することが趣味になっているような気がしています。

最近、少しずつですが走り始めています。まずは靴からということで2年前に今流行りの厚底シューズを誕生日プレゼントで嫁にもらいましたがあまり使っていません。(もったいないので)ただ、とんでもない効果があります。効果は・・・聞いてください。まずは練習をしていつかマラソン大会に出れればと思っております。

ということで楽しんでいただけましたでしょうか。次もどのような内容か楽しみにしていてください。

また、コレカラダでは6月に入会キャンペーンもしております。ぜひ、お友達、ご家族、職場の方などぜひお誘いください。コレカラダでは楽しいことしかありませんよ!

ではまた・・・・お会いしましょう!